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音楽祭実行委員日記

NAGANO国際音楽祭実行委員会のよもやま話を紹介します。親しみを持って頂けたら幸いです。

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先日第二次世界大戦末期から戦後にかけてシベリアに抑留されていた方の体験記を読ませていただく機会がありました。
その方は85歳を越えていらっしゃいまして、戦争体験を後世に伝えなければとエッセイにしたため、自費出版したものです。
筆者は衛生兵で、厳寒環境下で食事や休養もろくに与えられずに、過酷な労働を強いられたことにより、抑留者の命が次々に失われていった様子を克明に記しています。
抑留者の生きる望みはただひとつ。日本に帰国できること。
毎晩眠るときには日本に帰ったら何を食べたいと話しながら眠りにつくのだそうですが、翌朝そんな話をしていた仲間が冷たくなっている。
しらみは死人からは離れて生きている人間に移動するので、その痒さも大変なものだったそうです。
厳寒の地では飲み水も凍ってしまいます。いよいよ死に目が近づいた人が水を欲しがるので、おしっこで水を溶かしてやり、それでもいいかと聞くと、いいというので、それを飲ませてやり、死に水としたことも。
脱獄すると必ず射殺されるのをわかっているのに、収容所で精神的におかしくなり、飛び出して行って殺されてしまう者、自殺してしまう者が後を絶たず、衛生兵として筆者はなんとかしなければならないと考えます。
そこで発案したのがなんと劇団を作ること。
昼は過酷な労働、合間に衛生兵としての看護や治療があり、へとへとなからだで、夜のわずかな時間を利用して芝居の練習をし、劇を上演しました。
そうしたら、脱獄する人も、自殺者もいなくなったということです。そして、次の演目は何かと楽しみにしてくれる声がかかるようになったと。
筆者いわく現代でも十分通用する質の高い芝居だったといっています。
あの環境で劇団を設立したというのも驚きです。
そして、芸術の持つ力を思い知らされた抑留記でした。
芸術文化はなんとなんと素晴らしいのでしょう。
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